アップルが2月にアメリカで発売した「Apple Vision Pro」は、「空間コンピューティングデバイス」として大きな注目を集めています。しかし、価格は3499ドル(約53万円)からと非常に高額であり、その点には厳しい意見も多く見られます。この新しいデバイスが今後アップルの主力商品となり、収益の柱になるのかどうか、多くの議論が続いています。

発売直後の実体験

筆者は発売日に現地でVision Proを購入し、以来ほぼ毎日利用しています。その体験からも、今年や来年のうちにVision Proがアップルの屋台骨となる可能性は極めて低いと実感しています。しかし一方で、5年から10年後には、空間コンピューティングの革新が大きな意味を持つだろうという確信もあります。また、Vision Proは「ポストスマートフォン」と呼べる存在にはならないという印象も強くなっています。

Vision Proの特徴と体験

Vision Proは、頭部に装着してディスプレイで視界を覆い、現実世界を仮想的に再構成するデバイスです。他のXR(仮想現実・拡張現実)機器と構造は似ていますが、実際に使ってみると大きく異なる点が2つあります。

まず一つ目は「画質の高さ」です。目に見える映像が極めて精細で、3Dグラフィックスはもちろん、ウェブブラウザや動画の文字まで鮮明に表示されます。また、カメラが内蔵されているため、現実の空間を見ながら作業できる点も優れています。初めての体験として、現実には存在しないウィンドウやオブジェクトが空間に浮かぶ様子は非常に新鮮です。

二つ目は「操作方法」です。一般的なXR機器ではコントローラーや両手を使って操作しますが、Vision Proはコントローラーを使いません。視線と指の動きだけで操作できるのが特徴で、直感的かつ素早く反応するため、慣れれば非常に使いやすい仕組みです。

高品質と価格の関係

Vision Proの高額な価格設定には理由があります。内部には合計12個のカメラや、ソニー製の高精細なマイクロ有機ELディスプレイ、MacやiPadにも使われる「M2」プロセッサー、さらに位置認識専用の「R1」プロセッサーなど、非常に高性能なパーツが採用されています。これらの部品コストだけでも1500ドル以上になると推測されており、アップルは品質を最優先した結果、利益がほとんど出ていない可能性も考えられます。

重量と装着感の課題

Vision Proの課題として多く挙げられているのが「重量」と「フィット感」です。本体重量は約600グラムあり、さらにバッテリーも外付けで持ち運びや装着時の負担が大きくなっています。頭部へのフィッティングが重要で、ずれや圧迫感が不快感につながる場合もあります。これらの課題は、現時点の技術では簡単には解決できません。

アップルの戦略

他社はコストや性能を抑えて普及を優先する傾向にありますが、アップルは短期的な利益や普及よりも品質を徹底的に重視しました。Vision Proは、今すぐ大ヒットする製品ではありませんが、将来的に空間コンピューティングの分野で大きな存在感を持つ可能性を秘めています。アップルがこのデバイスで示したのは、技術と品質の新しい基準を追求し、未来への布石を打つ姿勢にほかなりません。